気づいたら、夜のすすきので、スイーツを手に通りすがりの人へ声をかけていました。はたから見たら、ほとんどキャッチです。
今回は、そこで出会った一人の男性の話です。ただ、その前に、当時の一日がどんなふうだったかを少し書かせてください。
航空地図にマーカーで線を引く朝
朝はオフィスでミーティングから始まります。
それが終わるとチームに分かれて、それぞれのテリトリーへ向かいます。札幌全域の航空地図をマーカーで区切って、「今日はここ」と決めたエリアを歩いて売る。いわゆる歩き売りです。
トレーニーの頃は、リーダーと一緒に地下鉄で移動していました。
そのうち、運転ができるという理由で、一台しかない社用車を任されるようになりました。4〜5人を乗せて、それぞれのテリトリーで降ろしていく。全員を降ろしてから、ようやく自分のテリトリーへ。
だから、スタートはいつも最後。営業を始められるのは、だいたいお昼ごろでした。
夜8時まで歩いて、そこからすすきのへ
そこから夜8時くらいまで回ります。
営業が終わったら、いったんオフィスに戻ります。そこから、まだ売りたい人はすすきのへ。
終電までには売り切ろう!と、いつも深夜まで営業に出向いていました。
暑い日も、寒い日も。
怒られる、断られる、否定される。それが普通だった
声をかけて、断られて、また声をかける。売れるまで、何度でも。
怒られること、断られること、人として否定されること。それは当たり前でした。
それでも、足を止めてくれた人には、笑顔で、心からのありがとうを伝えていました。人の心が動いた瞬間を、感じるからです。
その日は、なぜか視線が気になった
上着を着ていたので、肌寒くなってきた頃だったと思います。
その日も、すすきのの、ちょっと辺鄙な場所の路上で、ひとりで元気よく、断られまくりながら売っていました。
ふと、こっちをずっと見ている人がいるなぁ、と感じました。
見られること自体は、いつものことです。こんなところで、ひとりで断られ続けながら声を出しているんだから、まあ物珍しいんだろうな、と。いつもは気になりません。もう慣れてしまっていたので。
でも、その日は違いました。なぜか、その視線を無視できない。異様に気にしてしまっている自分がいました。
そんなことより、集中して売らなきゃ。
そう思っていたら、その人が、すーっと近づいてきました。
「おにいさん、何かやりたいことあるのかい?」
近づいてきたその人は、そう声をかけてくれました。たぶん、さっきからずっとこっちを見ていた人です。確証はないんですけど。
路上で、夢を語った
なんと返したのか、正確な言葉は覚えていません。
ただ、当時の僕は独立を目指していました。働くことの楽しさを伝えられるような会社を作りたい。そう思っていたので、そのことを話したんだと思います。
夜のすすきので、スイーツを持ったまま。
その人は、笑いながら、優しくこう言ってくれました。
「大変だと思うけど、今やってることをそんなに楽しそうにできれば、大丈夫かもね」
それにしても、どうして「やりたいことあるのかい」なんて聞いてくれたんだろう。疑問に思って、聞いてみました。
「お兄さんの目を見たら、なんとなくそう思ってさ」
そして、スイーツも買ってくれました。
その人は、ユニクロを着ていた
50代くらいの、スラっとした人でした。話し方が優しくて、いろんな経験をしてきたんだろうな、と感じる人。
聞けば、不動産関係の会社を経営していて、年商は当時で10億くらい。
当時の僕からしたら、果てしない数字です。まあ、今でも全然及ばないんですけど。
でも、着ていたのはユニクロでした。
その人とは二回ほど会ったはずなんですが、理由も話してくれました。
会社の経営は何があるかわからない。だから節制している。目立ちすぎないようにもしている、と。
豪遊もしない。飲みに出るのも月に一度くらい。こうして一人で、自分へのご褒美みたいに飲みに来ているんだ、と。
ちなみに、この人にも行商の経験がありました。たしか、野菜を売っていたんじゃなかったかな。そんなイメージで残っています。
心が豊かな人
節制している。でも、困っているわけじゃない。
うまく言えないんですが、心にゆとりがあるように感じました。本当に紳士的な人でした。
心が豊かな人。
そう言えば、伝わるでしょうか。
芯がある人になりたい。贅沢をしなくても、人生を楽しめるようになりたい。今も本気でそう思っています。
断られ続けていた夜に、足を止めて、こっちの夢を聞いてくれた。そして「大丈夫かもね」と笑ってくれた。
あの言葉は、今も残っています。
※写真はイメージです。
