「営業マン奮闘記」は、私が飛び込み営業をしていた頃に出会った、忘れられない人たちとの話をまとめるシリーズです。
第1話は、今でも思い出すと笑ってしまう、そしてちょっと泣けてしまう、ボクシングジムでの出来事です。
10年以上前、道東でスイーツを売り歩いていた
今から10年以上前のこと。当時の私は、独立を目指して営業代行の仕事をしていました(その頃の話は自己紹介の記事に書いています)。
売っていたのは、スイーツ。移動販売のスイーツを、一軒一軒まわって売り歩く飛び込み営業です。
その日の出張先は、北海道・道東のとある町。
当時の私のやり方は、いわゆるローラー作戦。個人宅も会社も、目に入る建物は全部「俺のテリトリー」だと思っていました(笑)。端から順番に、一軒も飛ばさずにまわる。そうやって歩いているうちに、目の前に現れたのが、ボクシングジムでした。
もちろん、迷わず入ります。だって、テリトリーですから。
「お前らー!!ちょっとこっちこーーーい!!!」
笑顔で扉を開けて、元気よくひと言。
「こんにちは!スイーツの移動販売でーす!!」
……一瞬で、ジムの中がシーンと静まり返りました。

そして次の瞬間、オーナーさんが大声で叫びます。
「おーい!!お前らー!!ちょっとこっちこーーーい!!!」
練習していたボクサーたちが、ぞろぞろと集まってきます。気づけば私は、鍛え上げられた男たちに囲まれていました。
そのとき、心の中で思ったのはただひとつ。
「あっ、これ終わったか……」
まさかのひと言「お前ら、全部買え!!!」
ところが、オーナーさんの口から出てきたのは、まったく予想していない言葉でした。
「おい!お前ら全部買え!!!」
いやいや、待ってください。相手はボクサーです。減量中の方だっているはずです。スイーツを「全部買え」はさすがにまずい(笑)。
「みなさんは少しで大丈夫です。お気持ちだけで十分ですよ」
そうお伝えして、ボクサーのみなさんには少しずつ買っていただきました。
そのぶん、と言わんばかりに、オーナーさんがめちゃくちゃ買ってくれました。結果、手に持って歩いていた分はその場で完売。囲まれて絶体絶命だと思っていたのに、気づけば最高のお客様に囲まれていました。
オーナーさんが涙ながらに語った「リアカーの行商」
なぜそこまでしてくれたのか。話を聞いて、理由がわかりました。
オーナーさんも昔、ジムを立ち上げるために行商をしていたそうです。
当時お付き合いしていた彼女さん——今の奥さん——のお父さんが八百屋さんで、そのお父さんから野菜を譲ってもらい、リアカーを押して歩き売りをしていたのだとか。
「振り返っても、あんなにつらかったことはない」
「何度も挫折した。本当に大変だった」
オーナーさんは、涙を浮かべながらそう話してくれました。笑顔で飛び込んできた私の姿を見て、あの頃の記憶がよみがえってきたそうです。
ついさっきまで「終わった」と思っていた私の前で、ボクシングジムのオーナーさんが泣いている。なんとも不思議な光景でした(笑)。
「これで全部か?」——車の中の在庫は言えなかった
帰り際、オーナーさんに何度も聞かれました。
「これで全部か?」
……実は、全部ではありませんでした。車には、持ち歩いていたのと同じだけの量が、まだ積んであったんです。
実は一度だけ、冗談っぽく言ってみたんです。
「あと、この3倍ありますよ?(笑)」
オーナーさんは、一瞬驚いた顔をしました。
その顔を見て、私は思いました。この人は、本当だと言えば、無理をしてでも全部買ってくれる——。
すでに十分すぎるほど買ってくださっているのに、それでも「これで全部か?」と何度も気にかけてくれる人です。だからこそ、私はすぐに「冗談です、冗談です(笑)」と笑って返しました。
本当のことは言わずに、感謝の気持ちだけを伝えて、その場を後にしました。
ここで「実はまだあるんです」と言えば、オーナーさんはきっと全部買ってくれたと思います。でもそれは、人のご好意に甘えて、利用しているような気がしたんです。このままお互い気持ちよく別れたほうがいい。そう判断しました。
それに、車に残ったスイーツで、また別の誰かと、こんなふうに心が動く場面を作れたら——そう思ったら、そうせずにはいられませんでした。
家族のことを考えれば、売れたほうがいいに決まっています。営業マンとしては失格かもしれません。それでも私は、あの時間をいい思い出のままにしておきたかったんだと思います。
行商をしていた経営者は、みんな応援してくれた
実はこのオーナーさんに限らず、飛び込み営業で出会った経営者の中には、昔、行商をしていたという方が意外と多かったんです。
そういう方たちは、決まって私を応援してくれました。
「お兄さんなら絶対できるよ」
断られるのが当たり前の毎日の中で、そのひと言にどれだけ勇気をもらったかわかりません。そして同時に、この経験は絶対に後で生きてくると思えたんです。
あの日のスイーツが教えてくれたこと
自己紹介の記事にも書いたとおり、私は結局、営業代行の道を途中で降りることになりました。独立の夢は、あのときは叶いませんでした。
それでも、あの頃に出会った人たちの言葉は、今も私の中に残っています。
一軒一軒扉を叩いて、笑顔で「こんにちは!」と言い続けたこと。囲まれて「終わった」と思ったら、実は応援されていたこと。売れる数よりも、人との気持ちのいい別れ方を選んだこと。今、花屋をしながら動画編集やブログに挑戦している自分を支えているのは、たぶんあの頃の経験です。
もし今、何かに挑戦していて「もう終わったかも」と思っている人がいたら。案外その先に、「全部買え!」と言ってくれる誰かが待っているかもしれません。
次回の営業マン奮闘記では、また別の出会いの話を書こうと思います。お楽しみに!
続きはこちら:【営業マン奮闘記②】夜のすすきのでスイーツを売っていたら「おにいさん、何かやりたいことあるのかい?」と声をかけられた話
※記事内の写真はイメージです。実際のジムの写真ではありません。

